南画家山崎杏霞の掛軸

表具寸法 高さ197(本紙126)cm×幅66(本紙49)cm

 1 山崎杏霞の修善寺温泉滞在と掛軸の絵など
 山崎杏霞(やまざききょうか)の作。明治23年(1890)夏、杏霞は伊豆修善寺温泉、香雲楼(後に名称・菊屋旅館(本館)に滞在した。ここで、ゆったりと過ごす中で旅などを通じて得た杏霞の理想郷とも言うべき世界(桃源郷)を描いたものとみられる。画賛(大要)によると次の如くである。
 「松林に陰がさし、竹林に風が抜けて爽やかに目覚める」とした後、
 「時は明治23年夏、豆州修善寺、香雲楼に滞在して描く」
              寓居  南豊杏霞散人篤  
 尚、杏霞の当地滞在についての詳細は不詳である。

 2 山崎杏霞について
 杏霞は大分県植田村出身。帆足杏雨(高橋草坪、田能村直人とともに文人・田能村竹田門下)の門下と言われる。安政元年(1854年)の生まれ。名は篤、通称仙蔵。号・杏霞。出身地の数々の作品を残している。歿年不詳


(参考)
南画=中国からわが国に伝わり、発展を遂げた江戸時代後期の絵画様式。感興を重んじ、水墨や淡彩による柔らかい筆致で、主に山や川の風景を描くのが特色。また文人画とも言う。
書画に理想郷を訪ねるような「文人の夢 田能村竹田の世界」展は、平成17年9月下旬〜11月初旬にかけて静岡県立美術館で開催された。なお、田能村竹田[安永6年(1777)〜天保6年(1835)]は大分県竹田村(現 竹田市)出身。

[ 調査・記述  中山高明 ]

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